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灰、骨、そして魂

おじいちゃんが死んだよと朝の六時に母から電話があった。
おじいちゃんが死んだよ、と。
もう長くないことは知っていたから、生きているうちに会いに行こうと、そう言っていた矢先のことだった。
おじいちゃんが死んだ。
優しいおじいちゃんだった。
昭和二年に生まれ、その時代の中ではかなり背の大きい人で、たぶん175cmくらいあったんだと思う。私よりもよほど大きかった。
身体が大きく、優しく、動きはゆっくりで、心臓の動きすら人より遅いくらいで、海の中を泳いでいるクジラを思わせるおじいちゃんだった、
私の生まれた国、つまりおじいちゃんの生まれた国には海はない。
だけどおじいちゃんはクジラのような人だったと思う。

その知らせを受けてからしばらく私は泣き、いつも十分で済む化粧に四十分かかった。
それでも立ち上がることができずに、会社に遅刻の連絡をした。
そしてベランダでお茶を飲みながら、煙草を何本か吸った。おじいちゃんもヘビースモーカーだった。お茶は何杯も継ぎ足さなければならなかった。飲んだ分はすべて目からこぼれていった。
ようやく立ち上がるとき、私は床に置きっぱなしになっていた空のグラスを軽く蹴ってしまった。それはあっけなく部屋の中からサッシを転がってベランダに落ちて、あっけなく割れた。
カシャンと小さな音一つを残してグラスは砕けた。
私は茫然と立ち尽くしていた。
しばらくそうやって割れたグラスを見て、それから破片をひとつづつ丁寧に拾い集めて、グラスの残った部分に入れておいた。
今思えばそれは、骨を拾う予行演習だったのかもしれない。

おじいちゃんに会いたい、そう思った。
生きているおじいちゃんなのか、死んでいるおじいちゃんなのかはわからなかったし、どうでもよかった。
ただはやくおじいちゃんの側に行きたかった。

「あたいが思うにじっさい たましいの数ってそんなに多くないんだわ
容れ物はちがくっても、よく おんなじたましいに出会うことがあるの
容れ物が死んだらそのまま たましいは赤ちゃんの中に入るんだわ」

私の好きな漫画(売野機子『しあわせになりたい』)のなかの好きな台詞だ。
私は最近、通勤途中によく蝶を見る。それはアゲハチョウだったり、もっと地味な茶色い蝶だったり、小さいモンキチョウだったり、名前も知らない、光る緑色の翅をもつきれいな蝶だったりする。
蝶は人間の魂だという。

おじいちゃんは死んだ。
私はおじいちゃんの人生の半分も知らなかった。聞くこともなかった。私が生まれたとき、おじいちゃんはもう「おじいちゃん」だった。
おじいちゃんは死んだ。おじいちゃんの身体は今頃、固く、冷たくなって、布団の上に寝かされている。
そこにきっともう魂は入っていない。身体を抜け出した自由な魂は、色を付けて私の前に飛んでくるだろう。
どんな人生だった?
人生は生きるに足る喜びをじいちゃんに与えてくれた?
私がじいちゃんの人生の半分をしらないように、じいちゃんも私の苦しみの半分も知らないだろう。
でもそんなことは些細なことだ。
私はじいちゃんを心の底から家族として愛していたから、死んでしまったことがただ悲しいのだ。
長いこと工場で働いていたじいちゃんの大きい手が大好きだった。ごつごつした木のようで、手のひらは大きく暖かく乾いていて、骨折してしまった中指の第一関節がそのままおかしな角度でくっついている。皺だらけの手の甲は長く生きた木みたいな色と光沢があり、だけどささくれなんてなかった。本当に大きい手だった。
じいちゃんがその手で毎年作る繊細な花弁の菊が好きだった。アケビが好きだった。キウイも好きだった。
じいちゃんは元旦になるととにかく花札をやりたがったから、みんなで相手をしていた。役をそろえるたびじいちゃんは喜んだし、人が役をそろえれば本気で悔しがった。もう一回じいちゃんと花札がしたいと思った。でももうそれは無理だ。もう二度と、だ。死はいつでも取り返しがつかず、もう二度とない。もう、二度と、ない。

のんきな人で、よく冗談を言って私を笑わせていた。
あまり笑わない私をよく笑わせてくれた。私はじいちゃんが大好きだった。
もしかしたら家族のなかで一番好きだったかもしれない。多く話したわけじゃない。ただ寡黙なじいちゃんの側にいるのが好きだった。大きな木の幹に寄り添うように、じいちゃんの側にいるのが好きだった。

私はなにもしてあげられなかった。介護の手伝いも、結婚をして旦那様を見せることも、子どもを産んでひ孫をみせることも。
私はでもいろんなことをしていた。じいちゃんに絵葉書をかいたり、じいちゃんから絵葉書がきたこともある。じいちゃんの肩をもんだ。なんでもないところでよく目が合って、二人で笑っていたりもした。
もうぜんぜん、思い出すことなんてなかったような小さなことが、たくさんのちょうちょになって私の心の中からあふれだすから、
たぶんじいちゃんの魂の一部は私の中にあった。

失恋と大切な人の死が、世の中で一番悲しいことだ。


じいちゃんに会いたい。じいちゃんに会いたい。
焼かれて灰と骨になる前に、じいちゃんに会いたい。
明日私は帰ります。