tonight is the night

教会の懺悔室に来た悪魔は、神に罪の告白を始める。「神よ、俺は罪を犯しました。人を殺しかけもしたし、金で人の心を買おうともした。自分を散々に傷つけ、立ち直れないほどに他人も傷つけた」

神は静かに「全て許します」と言った。

悪魔は懺悔室の格子戸の向こうから叫ぶ。「ここに金がたくさんある。そしてここには俺の体がある。俺の持っているものを全てやろう、だから俺のものになってくれないか」

悪魔は悲しいほど神に恋い焦がれていた。「お前が望むのなら、全部あげる」

神は静かに首を横にふる。「では神、俺は今から3000人ほど人を殺してくる、それでも俺を許すか」

「許そう」神は言う。

「神が俺を愛してくれるなら俺はそんなことはしない、俺だけ愛してくれたなら」

「それはできない、私はみんなを等しく平等に愛している」

「それは誰も愛していないのと同じことだ」

「そうじゃない」

悪魔は叫びながら教会を出て行き、帰って来た時には夥しい量の死体を引きずって来た、子供も老人も女も男も、それこそ見境なく。

神はそれを見て静かに涙を流した。

「お前は俺のためにそんなふうに涙を流してくれたことなどなかった」

神は涙で濡れた瞳で悪魔を見つめる。

悪魔はその瞬間、自分が神を愛し、執着し、憎み、恐れていたことを、優しくしたいということを突然思い出した。

「どうだ、許せないだろう」

「いや、許そう」

悪魔は神を試す。どこまで許されるのかを。なにをしたらもう許されなくなるのかを。

悪魔は神に恋をしているから、自分のところまで神を引き摺り下ろし堕落させたい。ありとあらゆる手を使い、神を堕落させたい。でもきっと堕落した姿を見たら、悪魔は心の底から後悔して本気で涙を流すだろう。いつも彼は矛盾している。

誰もを平等に愛する神の、特別愛される存在になりたかった、悪魔は。

だから神を試す、許されるラインと許されないラインのギリギリを攻める。そうして、いつか許されなくなった時に初めて自分の罪に怯えることができる。

悪魔は思う。神が俺だけ愛してくれたらいいのに。そうしたら、俺は全て捨ててみせるのに。

だが悪魔が神を愛したのは、神が誰のことも愛さないからだ。

それも、わかっている。

もしも神が悪魔を許さないと言ったら、悪魔は喜び手を叩いて「この偽善者!」と神を罵るだろう。そうして、次の日、静かに死ぬだろう。そのとき初めて本気で許されたくなって、絶望して泣くだろう。

「俺はいつも矛盾しているよ」と悪魔はひとりごちる。

懺悔室の格子戸に隔てられて神と悪魔は対話をしている。

やがて悪魔は懺悔室の椅子に座ったまま泣き出す。神は自分の手には入らない。入らないからこそ神を好きになったのだから。一生手に入らない。俺のものにはならない、身体も心もすべて。雨の音がし始める。よく磨かれた教会の木のベンチや懺悔室の格子戸が水分を吸い始めてきらきら光る。積まれた死体の山が悪魔を見ている。

「俺だけ愛してくれよ」

もういちど悪魔は言った。でも悪魔は知っていた。神様が悪魔を愛した瞬間、何もかもがご破算になることくらいわかっていた。

 

ところで私の中にも悪魔がいる!

いまそいつと戦っている!!