いつか全てが嘘になるなら

高校生のときに付き合っていた男子に、「ずっと一緒にいたいね」と言ったことがあった。
ほんとに、本当に軽い気持ちだったのだ。だけどそれは、嘘なんかじゃなくて、ほんとに「ずっと一緒にいたかった」。
でもそのとき返ってきた答えは、「いや、永遠なんてそんなんはねえよ」というそっけない言葉であり、今の私だったら何言ってんだお前とその男子に一発喰らわすくらいのことはできるだろう。今の二十七歳の私なら。いや、もしかしたらできないかもしれないけど。まあとにかくもうその男子の名前も顔も誕生日もなんにも覚えてないのに、なんとなく私のなかに「永遠なんてねえよ」という言葉だけが、呪いとなって残ってしまった。永遠を約束できないなら、最初からいらないのだ。

情事の終わったあと、別に何も話さなくてもいい時間がある。そんなときにそんなようなことを、私とグレーゾーンの関係を続けているそいつに言うと、そいつは案の定「なんだかよくわからん」というような顔をした。そりゃそうで、そいつと私の個人的な経験則を並べて比較することはできない。私の感じたこと、考えてきたこと、やってきたこと、それはそいつのそれとは違う。理解なんてされないということは付き合っていたときからよくよく知っていた。そいつはなにかにつけて「お前のことが理解できない」と私に言っていたことも、全部覚えている。
それでもその話をしたのは、私はやっぱり懲りずにそいつに「ずっと一緒にいたいね」と言いたくなっているからだ。
永遠の呪いは解けないくせに、私は永遠をなぜか信じているらしい。
私とそいつは昔、一か月半くらい付き合っていた。そいつには違う女ができて、別れたのが一昨年の話だ。でもそいつは私の知らないうちにその新しい女と別れて、去年の十一月くらいからまた関係性が復活して、お友達になれればいいなあなんて思っていた私は年が明けて春がきて三月になっても、月に一回のペースでそいつに会っては、セックスしている。

非常にグレー。

「お前はなにが言いたいの」
傷ついてんの、とそいつが言う。
「ちがう、『ずっと一緒にいたいね』って言いたい、でもそれはいつかすべてが嘘になるから」

そいつは嬉しいのか面倒くさいのか、どっちともとれるような微妙な表情をした。
そいつは私のような情緒不安定さはなく、自分のいいところと悪いところを知っていて、ちゃんと折り合いをつけて落とし込んで生きている。そういえばなんかすごいいい人みたいになるけど、結局他人への優しさは自分のためだと利己主義を公言してはばからないところもある。そういうしっかりしているところとか、利己主義を公言すること自体の計算高さとか、いいんだか悪いんだかわかりはしないが私はそういうところ全部まとめてそいつが好きだ。別れた後もずっと。
そんなそいつは私のこと好きじゃない。私は好きだから付き合ってもないのに「ずっとに一緒にいたいね」とうっかり口に出そうとしちゃうし、そいつは私に同じような気持ちを返す気なんてないからちょっと面倒だと思うんだろう。
「全部嘘になるの?」
「そう、ぜんぶ嘘になる。嘘にしたくなかったけど、結局全部私が言った『ずっと一緒にいようね』は嘘になった。ずっと一緒にいられたことなんてなかった」
「そりゃそうだろ」
そいつそう答える。高校のときのあの男子のように。

昨日の夜、春のあたたかい夜の中で二人でしこたまお酒を飲んでカラオケに行って、ふらふらになって意識も朦朧として気がついたらそいつの部屋にいた。そいつの部屋はとにかくものが多い。多分収入に見合ってない安い部屋に住んでるっていうのもあるんだと思うが、ベッドとテレビとテーブルとハンガーかけと本棚と、最近買ったという電子ピアノを入れてしまえば人が座ったり寝転がったりするスぺースなんてほとんどなかった。雑多な漫画本。空のペットボトル。使いかけの食器、アイロンのかけられていないワイシャツ。
でも私はそいつの部屋がとても好きだった。安心した。
セフレと呼んでいいのかどうなのか、わからないこのグレーゾーンにそいつもそれなりに傷ついているように、私には見えた。
だけど結局、一つの布団で寝てしまえばこうなるのだ。夜中、私は裸のままで、そいつは下だけ履いて、おなじくらいの時間に目が覚めた。
そいつの洗面所にあるメイク落としはもうずいぶん乳化が進んでいるし、たぶんいまも彼女はいない、はずだ、と思っている。いつも。怯えと喜びと、好きだという気持ちが混在している。
そいつの部屋の目の前には、道路を挟んで小さな川が流れている。カーテンを閉め切っていてまだ薄暗い部屋の中に、サラサラサラサラ水の流れる音が小さく聞こえる。私はそれも好きだった。
夜と朝のど真ん中に、私は目を覚まして起きて、窓を少しだけ空ける。煙草に火をつけて、ちょっとだけ空けた隙間から煙を外に吹く。真っ黒な空間が時々なにかの光を反射して、生き物みたいに見える、それがそいつの家の前の小さな川だった。サラサラと、やっぱり音がしている。やがてそいつが「寒い」といいながら起きてきて、窓をもうちょっとだけあけて、二人で煙草を吸う。
「寒くないの」
「寒いよ、私裸だし」
そう言うと、そいつは毛布をひっぱって私の肩にかけてくれる。「ありがとう」
そのままぼーっとしばらく煙草を吸って、もう一度寝なおそうと二人で布団に入って、やっぱりそいつはあったかく、そいつの匂いがして、私の頭の少し上から「苦しくない?」と声が降ってくる。これはなにを狙った優しさなのか? 私はやっぱり混乱する。そいつは律儀な男なので必ず腕枕をして、翌朝腕が痛い腕が痛いとわめくような男だ。
ある程度言語化できない関係を続けることは、お互いにある種の「セーシンテキクツー」を与えるもんなのだろうか。

私の頭を支えているそいつの二の腕が涙でぬれ始める。そいつは人に泣かれるのが何より嫌いだという。なぜかというと、自分が泣かせたんじゃないかと不安になるのが嫌だかららしい。まあつまり結局「悪い人」になりたくないのだ。
「なんで泣いてんの」
そいつが少し不愉快そうな声で私に言う。
「あんたがぜんぜん、なんも覚えてないから」
へへーと言って私は涙を笑いに変えてごまかそうとしたが無理で、涙はどんどん溢れてきて、私の鼻を通り過ぎて耳の中にまで入る。
「昔私が、『一人がやだ』って言ったら、『一人じゃないよ』って言ってくれたじゃん。忘れてるでしょ?」
もちろん忘れているはずだ。それを言った一週間後にそいつはほかに好きな女ができたと言って私を振ったのだから。
「うん、忘れてる」
そいつは素直に言った。
「そうだと思った」
私も素直に答えた。
「同じようなこと私もした。あんたの次に付き合った子に、『ずっと一緒にいようね』って言った。一週間くらいあとに振った」
そいつはははは、と笑った。
「約束しようとすると全部いつか嘘になる」
「悲しいの」
「そう、悲しいの」
そいつはこういうとき私を抱きしめたりしない。それが「同じ気持ちを返せない」という気持ちからきているのか、私にはわからない。しばらく私はボロボロと涙をこぼしつづけて、ため息をつきながらそいつはティッシュの箱を私に差し出す。私はそれを受け取って、涙を拭いて音を出して鼻をかむ。
そうして、でもやっぱりそいつは私の首の後ろに自分の腕を差し込む。私はそのままそいつの胸のあたりに顔をぴったりとくっつけて、また泣き続ける。
おそらくあと一時間もすれば夜が明け始める。
「俺寝るけど」
そいつがそういうので、私はご自由に、と答える。
「ねえ」
ふとそいつがそう私に問いかけるので、「何」と私は答える。「たくさん嘘をついてきたの」
「そうだよ」と私は答える。たくさん嘘をついてきた。たくさん嘘をつかれてきた。
例えばさっき言ったみたいに、そいつの次に付き合った男の子に「ずっと一緒にいようね」って言ってその一週間後に私はその男の子を振った。「なんだったんだ」と、責められもした。職場で「私はあと一年は仕事続けます!」と高らかに宣言した、その半年後に私は転職した。二十五歳には実家に帰ると言って二年が経った。それ以外、小さい小さい嘘を何度も何度もついた。もう思い出せないけど、たぶんたくさんついた。
「俺も嘘ついたっててことになるの」
「なるね」
「でも俺は本当のことを言ってたよ、いつも」
いつも言ってたよ、とそいつは言う。
「結局嘘になっちゃったというだけで、そのときは俺は本当のことを言っていた。本当に『一人じゃないよ』って思ってた。お前もそうだろ? そのとき、ずっと一緒にいたかったのは」
私はなにも答えられない。永遠の影を見つめ続け、そこから逃れることはできない。嘘になるとわかっていて、それでも誓わずにいられない。

私は眠れなかったので闇の中でずっと川の音を聞いていた。ちょっとした堤防みたいなのがあって、そんなに川幅は広くはないが、深い川だったと思う。きちんとした橋もかかっている。そういえば橋の建設方法ってどんななのかな、と私は思う。
こっち岸と向こう岸から、ちょっとずつ橋を作っていって、川の中に足場を組んでつなげていくんだと思うんだけど、たぶん。夜の中で水が生き物のように動いている。その音はサラサラだったり、雨が降ったら結構ゴーゴーというような音がする。橋をかけようとして実際かけちゃう人間はすごいよな、と思う。
永遠は距離なのか時間なのかわからないが、永遠に橋はかけられない。こっちの岸に私は立っていて、向こうの岸に誰かが立っている。私はそこに橋をかけることができない。それが永遠の呪いなのだ。
ずっと一緒になんていられない。ずっと愛しているなんてできない。ずっと愛されていることもできなければ、ずっと生きていることもできない。ずっと幸せになんていられない。王子様とお姫様は、そのあともずっと幸せに暮らしました。めでたしめでたし。そんなもんはない。
これで夜が明ければ私はこの部屋を出ていき、次にまたいつ会えるかの保証はない。この部屋を出た百メートル先でまた新しい恋に落ちてしまうかもしれない、嵐のような。今好きだという気持ちはきれいさっぱり消えてしまうのかもしれない。グレーはいつかはっきり白か黒かになる。
そいつの家の目の前の川が、川があるから、たぶん夜闇を縫ってそれが目の中に流れ込んできている。だからこんなに涙が出る。夜、全てが暗闇だから何が起こっているのか私には見えない。あーまた泣く、と思ったらもう泣いていた。ただ次はバレないように泣こうと思って、涙は流れるままにしておいた。鼻水はさっき渡された箱ティッシュからティッシュを静かに引き抜いて、拭いた。
なんでこんなに泣かなきゃならないんだろう。
なんで永遠について考えなきゃいけないんだろう。
どうして私たちはいつも嘘しかつけないんだろう?
人は私を子供と呼び、大人になれと言う。だけど私は永遠の呪いにかかった十七歳の春から、ずっと大人にはなれない。大人は時と場合によって使う言葉も変わる。態度も変わる。さまざまなペルソナがあるからこそ自分本来の姿に戻ったときに、安心するんだろう。
私は、この世のあらゆるすべてに脅威を感じる。空が青すぎること、社長がしっかり展望を持って会社を育てようとしていること、春のほこりっぽい風の中を歩くこと。先輩が結婚して子供を産んで、しっかり働きながら育てていくこと。知らない名前の花を見つけること。友達と遊びに行って楽しいことして、もちろんつらいこともあるけど人々の力を借りながらなんとか乗り越えていくこと。みんなが当たり前のようにしているすべてのこと。すべての地球。すべての宇宙。私を取り巻くあらゆる風や、水や、木々や花や人や、感情、色、音、匂い、何もかもすべてが恐ろしくなるときがある。
隣で寝ているそいつとものすごいグレーゾーンの恋愛と呼べるかわからない何かを続けている理由は、たった一つだ。ただただそいつといると安心するのだ。べつに何も怖がらなくてよくなる。私を取り巻く世界のすべてにたいして、そんなに恐怖しなくてよくなるのだ。それがなぜなのかはわからない。でも多分、神様は私の肩に手を置いて、「それが恋だ」と言うだろう。
「愛が足りないのか」
私は小さな声でつぶやく。私はもちろんそいつを愛しているけれど、そいつからしてみると私から愛されていないと思っているのかもしれない。
それと、おなじ出来事が私の方でも起こっている。もしかしらたそいつは、「彼女になろう」「結婚しよう」とかそういう言葉の口約束以前のレベルで私を愛してくれているのかもしれない。でも私は絶対愛されていないと思っている。
いつか、そいつが、「なにもかもすべてやめよう」といったら私は黙って身を引くことができるのだろうか?
得た傍からまた失って、悲しみだけがすべてで、切なさだけがすべてで、そうなのかもしれない。真理はそういうものだったのかもしれない。
だけど新しい喜びはすぐ手に届くところにあり、選択ができる。
喪っていくものはどんなに足掻いても失われていくもので、だからといって生や喜びや幸せを否定する理由にはならない。
「楽しかった」「あっという間だった」「もっと一緒にいたい」「ずっと一緒にいようね」こういう言葉を、簡単に吐くだろう。嘘であるとわかりつつも、言わずにはいられない。

川の音がする。
この呪いをとくには王子様とお姫様の愛のこもったキスが必要だと、そう思って私は眠っているそいつの唇に自分の唇をおしつけてみる。ちょうど良く弾力があり、渇いても湿ってもいない。
男女逆だからなあ、と私は思った。そんなんで呪いが解けるわけがない。
私の頬から流れ落ちて、涙はそいつの頬にきれいに着地した。
そいつが笑った。「なに、中学生かよお前」
私も笑った。「寝てるんだと思ってた」

そいつは流れている私の涙をティッシュで吹きながら言った。暗くて、どんな顔をしているのかはわからなかった。
「でもその、高校生のとき、ずっとに一緒にいたかったのは本当のことだったんだろ?
どうしてそう思っちゃいけないんだ?
嘘をたくさんついて、いつかぜんぶが嘘になるとしても、今この瞬間一緒にいたいなと思う気持ちを、どうして消しちゃわなきゃいけない?
保証もなんの担保もできない、明日にはまたぜんぶが嘘になって、お互い別の人間を好きになって、傷つけあってぼろぼろになって憎しみ合って、それでも今、この瞬間を言葉で刻んでおくことに何の意味もないとは、俺は思わない」

一瞬の間をおいて、私はぼろぼろに泣きながら言った。
「ずっと一緒にいようよお」
「うん」
「ずっと一緒に、いたい、いたかった」
「うん」
好きですとか付き合ってくださいとか恋人になってくださいとか、そんな言葉よりももっともっと大きな、私にとっての最上級の愛の言葉だったのかもしれない。
私はいつかそれが全部全部嘘になってしまっても今、いま、ずっと一緒にいたい。いたかった。これからもいたい。
いまこの瞬間、そいつの体温を感じ、匂いを感じ、声を聞いて身体の形を隅々まで知るその瞬間こそが、私の永遠だった。
口に出せば意味は脆く崩れる。永遠の愛を誓いますか?と問われて「はい」とこたえるその一瞬、それこそが私にとっての永遠だった。永遠が約束できないならいらないと、そういったけど多分そうじゃなく、私が好きだと思った瞬間、こいつを愛してると思った瞬間、抱きしめて抱きしめ返されて心が詰まるその一瞬を、多分人は永遠と呼ぶんだろう。