ブリリアント

金魚の気持ちを知りたかったの。
と、私が言ったら、八代さんという私の従兄は、え?というような顔をして私のほうを見た。
「金魚って、この金魚?」
と、彼は窓際の本棚の上においてあるいかにもな金魚鉢を指差して言った。
私はうん、と頷いた。
八代さんの金魚鉢の中では、二匹の金魚が気持ち良さそうにひれを揺らめかせて泳いでいた。オレンジ色が一匹と、黒が一匹。まるでオレンジ色のドレスを着た貴婦人が、真っ黒なタキシードを着た紳士とダンスをしているような優雅さがあった。床には水の影が、きらきらと揺れていた。

「昨日、うちの金魚死んじゃったんだ」
八代さんは、まあお気の毒に、というような顔をして私のほうを見た。そして、自分の金魚をちらりと見た。
私の金魚は昨日、三匹いるうちの一匹が、苔だらけの汚い水槽のなかで、白い腹を浮かせて死んでいた。何年か前に縁日の金魚すくいでとってきたものだった。
一応三匹にはそれぞれ名前がついていたけれど、どれも同じようなオレンジ色をして、結局どれがどれなのか分からないまま、金魚は庭の暗い土の下だ。
土をかける瞬間、あれだけ鮮やかだったオレンジ色が、油膜みたいな色の光を弾いて、くすんで見えた。私は申し訳ない気持ちになって、手を合わせたのだった。
「私が思うに、あの金魚は水槽が狭すぎて窒息死したんだと思う」
「狭すぎて?」
「そう、息ができなくて」
確かにあの小さな水槽に金魚三匹は少しきつかったと思う。それに加えて、縁日ですくってきてからもう二、三年は経っているのだから、成長して身体も大きくなっていただろう。
私は密かに、あの金魚は自殺だと考えていた。狭い世界からのエスケープを図ったのだ。
しかし金魚が水中で呼吸を止めても死んでも、結局それはただの自然死にしか見えないのである。だから私は昨日、あんなに金魚がかわいそうに見えたのだ。
八代さんは私の頭に手を置いて、かすかに撫でるように動かして、
「君は、金魚なんだね」
と言った。
八代さんは不思議なことを言う人だった。彼は芸術家肌なのだ。だけど、私の心が全部透けて見えているんじゃないかと疑うくらいに、ときどき妙に確信をつくことがある。

家に帰って水槽を見た。
二匹になってしまった金魚は、一匹減ったことなどまるで気付いていないように泳いでいた。
「この薄情者が」
と、私は悪態をついた。
金魚には、濁った水の方がお似合いだ、と私は思う。まるで嫌味のように聞こえるけれど、嫌味ではない。
清んだ水よりも濁った緑色みたいな水の方が、余計オレンジ色が鮮やかに見えるような気がするのだ。二匹のうち一匹が、私の前をゆっくりとターンする。優雅にオレンジ色がきらめいた。
やはりこの子たちにとっても、水槽は狭すぎるのだろうか。金魚の目には、世界はどう映るのだろう。濁った水を通して、ガラスを通して。泳ぐことは気持ちのいいことなのだろうか。水はまるで、羊水のように温かいのだろうか。
そういえば、鮮やか、という字は、魚に羊と書くなあ、と私はぼんやりと考えていた。

金魚の気持ちが知りたかった。
一、二の、三で大きく息を吸って、私は風呂の中に潜る。浴槽は狭いけれど深いから、足を踏ん張って、身体を底まで沈めると、水圧で息が苦しかった。
仰向けでゆっくりと目を開ける。
ぼやけた視界の中で、私の長い髪が水草そっくりにゆらゆらと揺れていた。
今ここで呼吸を止めたら、それはただの自然死だろう。狭い世界からのエスケープだ。
少なくとも、私の中では。

勢いよく水から顔を出して、私は大きく息を吸った。
羊水から出てきた胎児の気分って、こんな感じなのだろうか、と考えた。水面から顔を出す一瞬、頭の中をオレンジ色のひれが横切っていった。それは目を瞑っても、光の残像のように、ゆらゆらとかすかに漂っていた。(了)


かなり昔の話